デリバティブ取引の歴史は難しい
これからの時代、投資はたいせつですね。
いや、勉強がたりません。資産運用の学習です。
さて、今日のお題はなんでしょうか?
今日はこの特集にしました。
日経225オプションをリサーチしました。
日経225オプション取引は、日経平均株価を原資産として居るオプション取引で、大阪証券取引所に上場されて居ます。
日経225先物売買と並び、日本の代表とされるデリバティブ売買で、今国内で最も活発に取引が行なわれて居るオプション取引です。
世界で初めてデリバティブ商売を行なったのは、日本だといわれて居ます。
1730年、八代将軍徳川吉宗の時代に、大岡越前守が、大阪堂島米会所に対して、米の先物売買を許可しました。
これが、日本で初めて=世界初の公設先物マーケットの誕生だといわれて居ます。
これ以前に、ベルギーのアントワープで、1531年に設置された取引所がありました。
けど、アントワープの取引所は、「先渡し売買」マーケットであったのに対して、大阪堂島の米会所売買は「先物売買」マーケットでした。
その為、現代の先物マーケットの根本的なシステムが整備された、世界で初めての「先物取引」は、堂島米会所と言う事に成ります。
又、1848年に設立された「アメリカ・シカゴ商品取引所」は、大阪堂島米会所をモデルとされた、といわれて居ます。
明治時代に入り、幕府崩壊と一緒に大阪堂島米会所は撤廃されましたが、「堂島米穀取引所」として再び設立されました。
ところが、米の先物取引は、第二次世界大戦による米流通の統制に伴って、1939年撤廃されました。
そして、終戦後の商品取引所発布をうけて、1950年、今の中部大阪商品取引所にあたる大阪化学繊維取引所を皮切りとして、商品先物売買が再開されました。
とはいえ、米の先物取引は、今でも実現して居ません。
今回は日経225オプションから、デリバティブ売買の歴史についてでした。
今日の感想は如何ですか?
次回にお会いしましょう。